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東京高等裁判所 昭和53年(行コ)41号 判決 1980年10月27日

控訴人 株式会社明輝電機製作所

被控訴人 大森税務署長

代理人 東松文雄 池田春幸 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和四九年一一月二八日付でした昭和四四年一二月分源泉徴収による所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述及び証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

一  控訴人は、既に述べたとおり(請求原因4、(一))、いわゆる認定賞与は源泉徴収の対象とならないと主張するものであるが、かりにそうでないとしても、本件給付が賞与であるとする認定判断は、控訴人にとつて一義的に明確でもなく、かつ、容易なものでもない。被控訴人は、後記その主張一のとおり、賞与として認定した理由として二点を挙げ、控訴人にとつてこの認定は一義的に明確、かつ、容易であつたと主張するが、右は事実に反する。

まず、被控訴人主張の1の点について。控訴会社は、昭和四四年一一月二四日現在の株主名簿記載の持株割合からすれば被控訴人主張の同族会社には該当しないものであつて、被控訴人主張の事実を考慮して始めて同族会社との判定が可能となるものであり、しかも、旧法人税法(昭和四五年法律三七号による改正前のもの)二条一〇号の規定は、同族判定株主の範囲の確定に関し、必しも明確でなかつたのであるから、この点の判断は一義的に明確でも容易でもなかつたというべきである。

次に、被控訴人主張の2について。一般に、会社役員を退任したら退職金を受取り、以後は従業員として会社内に止まるというのが常識であり、右にかかわらず、退職金まで受取つて退任した者を、税法上はなお役員として経営に従事している者であるというのは例外の事象に属し、被控訴人の挙げる諸事実も、この例外を首肯するに足るものではない。即ち、被控訴人主張の(一)は、代表取締役河村有平の病気が軽癒し経営を担当し得る状態になつたので、中村は経営を離れて技術専門となり、経理関係はその妻を取締役に就任させて河村を補佐すれば足りる、と判断されたからであり、右(二)については、給与体系及び算出方法を考慮しないで、報酬等の額の多寡のみを問題にすることは意味がないし、右(三)の藤倉電線株式会社宛の文書は、受注を維持するため信用の厚い中村を表面に立てるという政策的配慮に出たものであるから、必ずしも実体を示すものではなく、右(四)の不動産の賃貸は経営関与と結び着かず、右(五)の生命保険契約は、得意先の維持と人的関係の円滑化をはかるため、中村を被保険者として締結したものであるが(因みに、河村では病身のため契約できなかつた)、満期前に解約するのは不得策であるのでそのまま継続したものであつて、このように(一)ないし(五)は、合理的な理由があるか、ないしは直ちに中村の経営関与に結び着かないものである。従つて、この点の判断も一義的に明確でも容易でもなかつたという外ない。

二  請求原因4、(二)及び「被告の主張に対する原告の認否及び反論」2記載の主張について、更に次のとおり述べる。

所得税法の構成から明らかなとおり、現行所得税法の体系は、申告納税制度を根幹とし、年税の総合課税主義を採つているが、一方、法(所得税法及び国税通則法)は、特定の所得税を能率的に徴収する便宜をはかる為、申告納税制度を補完するものとして、源泉徴収制度を設けている。

源泉徴収制度においては、支払者が源泉徴収納付義務を負担するが、この義務の背後には受給者の国に対する源泉納税義務がいわば表裏の関係にあるものとして存在する。けだし、源泉所得税の実質的負担者(即ち、経済的帰属者)は、支払者ではなく受給者であるからである。そうして、この源泉納税義務は、源泉徴収納付義務の成立の都度成立するものと観念されるが、右は受給者の本来の納税義務、即ち暦年の経過により成立し一定の手続により確定する年税所得税の一部の概算的前払に外ならない。このように、源泉納税義務は、本来の年税所得税の分割部分税としての性質実態を有するものであるから、その量的集積は、受給者の右述の本来の年税所得税の範囲と一致すべきものである。

従つて、本来の年税所得税額と源泉徴収税額とを一致させるべく、源泉徴収制度においては年末調整、確定申告という最終精算措置を通して、右両者の過不足を清算することにしているが、このように両者を一致させる方法なしでは、源泉徴収制度は作動しないものである。何となれば、源泉徴収制度は所得税の徴収という手続面において申告納税制度を補完するのみならず、源泉徴収制度により徴収される源泉所得税は、本来の納税義務の切片であり、その年間累積総計額が受給者の年税所得税額に一致してはじめて、源泉徴収制度は実体上申告納税制度を補完するものと言えるからである。

このように、支払者の源泉徴収納付義務は、受給者の源泉納税義務、従つてその本来の年税所得税納税義務を前提とするものであるから、この理路を逆にたどれば、受給者の年税所得税額としての租税債務確定の中に、源泉徴収にかかる納税債務の確定を含むものであり、受給者の本来の納税義務が所得額及び税額についての確定申告と更正期間の経過によつて最終的に確定し、増額納付義務が消滅した時は、源泉納税義務が固定され、ひいて支払者の源泉徴収納付義務も不動のものとして確定し、もはや納税告知処分をする余地はなくなるものである。

(被控訴人の主張)

一  被控訴人が、本件給付を退職金ではなく役員賞与であると認定したのは、

1  控訴人は、旧法人税法二条一〇号イの同族会社で、中村輝夫はその判定の基礎となる筆頭株主であり、且つ、

2  中村は、取締役退任後においても、控訴会社の経営に従事していたことが認められ、退任の前後を通じて同法二条一五号に定める役員に該当し、本件給付は同人に臨時的に支払われた賞与であることが明らかであるからである。

そうして、右1の点は、次の事実から明らかである。即ち、昭和四四年一一月二四日現在の控訴会社の株主名簿によると株主は五四名(株式数三万六、〇〇〇株)であるが、そのうち同年一月一日から一二月三一日までの事業年度の支払配当額につき、本来配当されるべき額の全額を受取つたのは九名のみで、他の四五名には本来配当すべき額の一割相当の金額が支払われたのみで、残余はすべて中村に支払われており、この事実からすると右四五人名義の株式合計二万一九八〇株はすべて名義株で、実質は中村に帰属するものと認められる。従つて、中村は自己名義の八、〇〇〇株の外右株式を所有し、その持株の割合は約八三パーセントに達することになるから、これによつて、控訴人が同族会社であり、中村がその判定の基礎となる筆頭株主であることが明らかである。

次に、右2の点は、(一)中村は控訴人の創立者であり、かつ唯一人の常勤役員として経営に従事して来た者で、その持株数や年令(当時四二才)からみて取締役を退任して一介の従業員となる合理的な理由はなく、自らの退任に当り妻を形式的に取締役に就任させ会社支配を継続していること、(二)中村の報酬及び給与の額は、退任の前後を通じて概ね同額であり、その額は代表取締役の報酬額を大巾に上廻ると共に、他の主な従業員の給与と比較しても著しく高額であること、(三)控訴人は、中村が専務取締役を退任したとする約二年後の昭和四六年五月一日付の訴外藤倉電線株式会社佐倉工場施設課長宛の文書において、中村は専務取締役であり、経理、庶務その他すべての部門を統括している旨明らかにしていること、(四)控訴人の使用している本社及び工場の建物はすべて中村の所有であつて、控訴人が賃借していること及び(五)控訴人は中村を被保険者とし控訴人を受取人とする生命保険契約を締結しているが、中村が退任したとする後においても右契約は解約されていないことの各事実に照して明らかである。

以上によれば、控訴人として本件給付が賞与であることの認定は一義的に明確に為し得るものであり、更に、前記1及び2を認めるべき右述の諸事情は、すべて控訴人が自ら為したか、或は控訴人の内部事情に関するものであることを考えると、控訴人にとつて右の認定は容易にすることができたところというべきである。

二  控訴人の前記二の主張は争う。

源泉徴収制度の下においては、支払者が納税義務者とされ(国税通則法二条五号)、受給者は国との間の納税法律関係に当事者として現われず、かつ、源泉徴収による所得税の納税義務の成立・確定は、原審でも述べたとおり、当該所得の支払の時に成立し、成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する。

他方、受給者の年税としての所得税納税義務は、原則として、暦年の終了の時に成立し、確定申告書の提出による納税者の税額の申告(及びこれを補完する税務署長の処分((更正・決定)))によつて納付すべき税額が確定する。

このように、受給者の年税としての所得税債務と、支払者の源泉所得税債務とは、国に対する債務者が異つている点においてその同一性を論ずる余地はなく、また両債務の成立時期、確定方法も全く別個であるから、後者が前者の範囲内でしか確定され得ない、などという関係は全くないものである。

ところで、受給者が所得税法の定めにより確定申告をする場合には、その申告に当り、源泉徴収の対象となつた所得も他の所得と合せて課税所得金額として計算し、他方、源泉徴収された、又はされるべき所得税の額を算出税額から控除することになつているが(所得税法一二〇条参照)、この確定申告における源泉徴収所得税関係の合算という形での再計算は、確定申告における所得税が、暦年末を基準として、年間の所得につき、原則としてそのすべてを総合して計算したうえ、累進税率を適用して税額を算出する構造をとつているためであつて、これは受給者の申告納税額を算出するための計算手段としての意味を有するにすぎない。更に、受給者は確定申告に当つては、所得税法二一条以下に定めるところに従つて計算すべきであつて、当該所得が源泉徴収の対象となつたか否かは歴史的な事実であるに止り、その事実が確定申告の内容を拘束するものではない。従つて控除項目としての源泉徴収税額も、源泉徴収の対象となつたか否かには関係なく、法律上正当と目される税額が控除されるのであつて、現実に幾許の税額が源泉徴収されたかは問うところではないのである。このように、法令の規定に従つて正当に源泉徴収されるべき税額については、受給者の年税額との関連において精算されるべきものであるが、本来源泉徴収手続によるべき所得税の過不足額までもが申告納税手続を通じて調整されることは全く予定されていない。そうして、源泉徴収による所得税の過不足は、専ら国と支払者との間において調整されることになる。即ち、本件の如き過少納付の場合には、税務官署は、支払者に対して納税告知によりその履行を請求し、納付の実現をはかることになるが、支払者がこの追徴税額分について受給者から徴収していなかつた時は求償権が認められる。他方、過大納付のときは、過大分が支払者に還付されることになるが、受給者も過大に徴収されていた場合は、受給者は支払者に対して、賃金債権等民事上の請求権に基いてその返還を求めることになるのである。

(当審における新しい証拠)<略>

理由

一  請求原因1ないし3記載の事実は当事者間に争がない。

そこで本件納税告知処分及び本件賦課決定処分が適法であるかどうかについて判断する。

二  まず控訴人は、本件給付は源泉徴収の対象とならないと主張する。

1  本件給付が役員賞与の性質を有するものであることは控訴人の争わないところであるから、右は所得税法(本件給付のなされた当時施行のものを指す。以下特に断らない限り同じ。)二八条一項にいう「給与等」に該当するものであり、同法一八三条一項により、本件給付にかかる所得が源泉徴収の対象となり、支払者である控訴人において、その支払の際、所得税の源泉徴収をすべき義務を負うことは明らかである。

2  ところで、控訴人は、本件給付は控訴人が退職金として支払つたものを、被控訴人において賞与と認定したものであるから、かかる給付は源泉徴収の対象とならない、と主張する。しかし、前掲の所得税法の各法条によれば「給与等」の実質を有する給付は、その名目いかんにかかわらず源泉徴収の対象となるものであることが明らかであるから、本件給付が役員賞与であることについて争のないこと右述のとおりである以上、控訴人のした給付の名目と被控訴人の認定するところがくいちがうという一事を以て、本件給付が源泉徴収の対象とならないということはできない。この主張は理由がない。

3  つぎに、控訴人は、本件給付が退職所得であるか役員賞与であるかの認定判断は、一義的に明確、かつ、容易ではなく、むしろ右の認定判断は複雑、微妙、かつ、困難であつて、このような場合には、当該給付にかかる所得は、源泉徴収の対象とならない、と主張する。

たしかに、現行の制度のもとにおいては、後述(三、1)のとおり、源泉徴収にかかる所得税については、所得の支払の時に納税義務(源泉徴収所得税の納税義務)が成立し、それと同時に特別の手続を要しないで納付税額が確定するとされているから、源泉徴収の対象は、当該給付の際に、右給付にかかる所得が源泉徴収の対象となるかどうか及び徴収納付すべき税額が幾許であるかについての認定判断が一義的に明確に、かつ、容易になされ得るものであることが望ましいことはいうまでもない。そうして、税法における実質主義の顕現として所得税法において実質課税の原則が存することを考えると、右にいう認定判断が一義的に明白かつ容易というのは、例えば、当該給付が一定額の俸給として支払われる場合のように、法令に定めるとおりの給付がなされる場合のみならず、更に、当該給付の際存した諸般の事情から客観的に推せば、右給付にかかる所得が源泉徴収の対象となるものであること及び税額いかんが何人にとつても疑を容れる余地なく、かつ、容易に認定できる場合をも含むものと解するのが相当である。

いまこれを本件についてみるのに、<証拠略>を総合すると、被控訴人が本件給付をその名目とされた退職金ではなく役員賞与であると認定した理由と、その認定判断の資としたと主張する各般の事実をすべて認めることができる。そうして、右認定の各般の事実よりすれば、本件給付が役員賞与であるとする被控訴人の認定判断は、何人にとつても疑を容れる余地なく、かつ、容易になし得るものであることが明らかである。しかも、右事実は、すべて控訴人の支配圏内に存するものであることを考えると、右の認定判断が控訴人にとつて一義的に明確で、かつ、容易でないとする理由は全くない。なお、本件給付は一定額の金員の支払を以てなされているから、徴収納付すべき税額の算定には、何らの疑義も困難も存する余地がない。

してみると、本件給付にかかる所得を源泉徴収の対象とすることについては、特段の障害はないものというべく、控訴人のこの主張は理由がない。

4  控訴人は、更に、本件給付は退職金として支払つたものであつて、賞与として支払つたものではないから、本件においては所得税法一八三条一項にいう「給与等の支払」の事実はないと主張する。しかし、右条項にいう「給与等の支払」は、支払者の主観とはかかわりなく、客観的に給与等にあたる給付がなされたか否かによつて決せらるべきものであることは、右述のところから自づと明らかであるうえに、本件給付が賞与であることは、既にみたとおりであるから、本件給付が「給与等の支払」にあたることはいうまでもない。控訴人のこの主張も理由がない。

5  以上のとおりであつて、本件給付が源泉徴収の対象とならないとする控訴人の主張は理由がない。

三  次に控訴人は、源泉徴収制度のもとにおいて、受給者の本来の所得税納税義務が、更正の期間制限を経過し、もはや課税庁により増額更正され得ない時期に到達した場合は、課税庁は支払者に対し増額更正すべきであつた所得税額について納税告知処分(及び不納付加算税賦課決定処分)をなし得ないものと解すべきところ、本件給付の受給者である中村輝夫の本来の納税義務については、同人のした確定申告に対する更正期間が経過し、被控訴人はもはや増額更正をなし得なくなつたのであるから、被控訴人はこの増額部分に当る本件給付にかかる所得につき控訴人に対し納税告知処分等をなし得ない、と主張する。

1  源泉徴収の法律関係、即ち課税権者たる国(税務官庁)と徴収・納付義務者(支払者)及び源泉納税義務者(受給者)の三者間の法律関係については、最高裁判所第一小法廷昭和四五年一二月二四日言渡判決(民集二四巻一三号二二四三頁)が詳細に説示するところであつて、当裁判所の見解もこれを大きく出るものではないが、更めて、右法律関係について見るのに、(一)源泉徴収所得税を徴収して納付する義務は納税義務であり(国税通則法―以下特に断らない限り本件当時に施行のものを指す―一五条一項)、支払者が納税者の地位に立つ(同法二条五号)、(二)同税の納税義務は、所得の支払の時に成立し(同法一五条二項二号)、その税額は、右成立と同時に特別の手続を要しないで確定する(同法一五条三項二号)、(三)支払者は、源泉徴収をすべき所得を支払う際法定の所得税を徴収し、法定期限迄に国に納付しなければならない(所得税法一八一条以下)、(四)徴収義務者たる支払者が法定納付期限までに右税を納付しないときは、税務署長は、支払者に対する納税告知によりこれを徴収するが(所得税法二二一条、国税通則法三六条一項二号。)、右納税告知処分は課税処分ではなく徴収処分であり、徴収の一段階としての履行の請求である、と解される。(五)支払者は、源泉徴収所得税の徴収・納付義務の存否又は範囲を争つて納税告知処分に対する抗告訴訟を提起し得るほか、これに合せて、又は別個に右徴収・納付義務の全部又は一部の不存在確認の訴を提起することができる、(六)支払者が、源泉徴収をしていなかつた場合において、右(四)により徴収され、又は、期限後に納付したときは、受給者に対し、その税額に相当する金額を爾後の支払分から控除するか、又は右金額を求償することができる(所得税法二二二条)、(七)右(四)の納税告知処分は徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立をせず、又これをして排除されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及し得るものではなく、従つて、受給者は支払者から右(六)の求償権の行使を受けたときは、自己において源泉納税義務を負わないこと、又はその義務の範囲を争つて、支払者の請求の全部又は一部を拒むことができ、又右の次の支払分からの控除を受けたときは、残余の支払のみでは債務の一部不履行であるとして、右控除にかかる債務の履行を請求することができると解される。概ねこのような法律関係にあるものと認められる。

2  右に見たような基本構造を有する、現行の源泉徴収制度の下においては、国(税務官庁)と直接の関係に立つものは支払者であつて、本来の所得税納税義務者たる受給者は、制度上も法律上も国と直接の関係に立つものではないと考えられるが、この点については、更に所得税法の規定に即して検討する必要がある。

まず、同法一三八条によると、確定申告に伴う受給者の還付請求が認められ、この場合受給者は国と直接の法律関係に立つというべきであるが、右はその都度適切な源泉徴収の手続が終了した後の段階で、源泉徴収された税額の合計額が、暦年経過後他の所得も合算した年間総所得に対応する算出税額を上廻る場合に、受給者に還付請求権を認めることによりその間の直截の解決調整をはかるためのものであると解される。

つぎに、給与所得に係る源泉徴収においては、年末調整がなされる(同法一九〇条ないし一九三条)。これは、暦年一年間に源泉徴収した所得税額の合計額と、その年中に支給された給与額について正確に(特に諸控除を勘案して)計算した所定の年税額とを、その年の最後の給与支払の際に対比して過不足を計算し、これを、過納額を生じた時は、年末の給与に対する源泉徴収税額をそれ丈減額し又は還付し、不足額を生じたときは、年末の給与から通常の源泉徴収税額に加算して徴収することによつてその間を清算調整するものであるが、これに当る者は支払者であつて、受給者が直接関与することはない。

最後に、受給者が同法の規定により確定申告をする場合(これに当るものは、確定申告が義務付けられている場合及び医療費控除、雑損控除を受ける場合のように年末調整が予定されていないか、右ではまかなえない場合である)について考える。右確定申告においては、源泉徴収の対象となつた給与等の所得は他の所得と合せて課税総所得金額を構成し、他方右給与等の所得について源泉徴収をし、又はされるべき所得税額は、算出税額から控除することとされているから(同法一二〇条一項)、源泉徴収の段階で徴収・納付された所得税額を申告納税の段階で、更めて取込んだうえ再計算することになる。これは、所得税の確定申告においては、暦年末を基準として、年間における所得のすべてを総合して計上したうえ、税率を適用して税額を算出し、これから別途納付した税額を控除して納付すべき税額が確定することになつていることによるものであるが(いわゆる年税主義、総合課税主義、累進税率)、源泉所得税の納税義務者、その成立・確定の時期手続は右1にみたとおりであつて、申告所得税のそれと全く異るから、右両者は、従つて右両租税債務は、法律上同一性がないものというべきである。このように源泉所得税と申告所得税との間に同一性がない以上、右再計算にあたつて、両者の間の清算調整がなされ得る余地はなく、右再計算は受給者の申告所得税額を算出するための計算関係にすぎないものというべく、また、前記控除項目としての源泉徴収をし、又はされるべき所得税額とは、法上正当に徴収された、又は徴収されるべきそれを言うものと解するのが相当である。以上のとおりであつて、確定申告に際しての計算関係の中には、源泉徴収所得税の過不足を受給者の申告所得税と関連させて清算調整する機能は存しないというべきである。

このように、現行法上受給者ないしその納税義務が、税務官庁又は源泉徴収所得税と直接関係するのではないかと考えられるいくつかの制度を検討してみたが遂にこれを肯定することはできなかつたし、他にこれを認めるべきものは見当らないのである。

3  叙上のとおり、現行の源泉徴収制度は、主体においては支払者と国との関係であり、内容においては支払者の源泉徴収納税義務を中心とするものであつて、受給者は、国との間において直接の関係に立たず、その本来の所得税納税義務は、支払者の右義務と全く関係のないものとされている。そうして、現行制度がこのような構造をとることにより、制度の運用に支障を生じたり、この制度を含む所得税法の体系を紊したり、更にこの制度の適用を受ける関係者の権利利益に著しい障碍を生じたりするものと認むべきところは特にないから、現行源泉徴収制度が右のような構造を有することは合理性を有するものとして首肯できる。

このように、支払者の源泉納税義務と受給者の所得税納税義務とは、法律上全く関係のないものである以上、後者について生じた事由が、前者に法律上の影響を及すことは全くないものというべきである。控訴人の主張するところは、その前提において現行の法令及び制度と相容れないものであり、立法論ないし制度の改革論としては格別、本件においては到底採るを得ないところである。

4  控訴人のこの主張は更に立入つて判断するまでもなく理由がない。

四  以上のとおり、本件納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分の違法をいう控訴人の主張はいずれも理由がなく、前記争のない事実によれば、右各処分は、本件給付と同時に成立・確定した控訴人の源泉徴収・納付義務の法定納期限から国税通則法所定の期間内になされたことが明らかであるから、他に特段の主張立証のない本件においては、いずれも適法なものであると認められ、これらの取消を求める控訴人の本訴請求は理由がない。

五  してみれば、控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用は敗訴の控訴人の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上泉 賀集唱 福井厚士)

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